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2008年11月12日

君子危うきに近寄らず

意味:人格者は身を慎(つつし)む者であるから、危険な所には初めから近付かない 
 
ヒョウ.jpeg

とどいた!豹柄のメット!!
すげぇー!!
こんな豹柄のヘルメットの人みたことないよー☆
きっと、逆に安全だね!!

投稿者 blogadmin : 00:38

2008年10月22日

医者の不養生

今日は、クリニックに「鍼(はり)」の先生がいらっしゃいました。
 
うちのクリニックの医院長先生は、ご子息を抱っこしすぎて、
腰を痛めがち。
 
鍼の先生に、色々と注意されたり、バキバキっと、整体みたいなこともされて、
大騒ぎでした。
 
その鍼の先生は、独立するために、今の職場をやめるそう。
是非、お店にも行ってみたかったのになぁー。
早く独立して、お店だしてほしいです!!
 
鍼って不思議ー。

投稿者 blogadmin : 02:22

2008年10月10日

なおちゃんの結婚式

親友のなおちゃんが、結婚しました。
 
すごく忙しかったけど、式や二次会では大活躍のちび。
とても楽しかったです。
 
という事で久々のことわざ。
「女(おんな)三人寄(よ)れば姦(かしま)しい」
 
「女」という字を三つ合わせると「姦(騒がしいという意味)」という字になるところから、女はお喋(しゃべ)りで、三人も集まれば非常に喧(やかま)しいということ。

っていうか、うちらのグループ・・・5人なんです。
そりゃもう、やかましいどころじゃなくて、5人がいっぺんにしゃべったりすると、
もう、わけわかんないこともしょっちゅう。
 
でも、10年以上ずっと仲良くしている大親友です。
 
そのうち、あたしと、カオルが江戸川区。
なおちゃんが、浦安と、嫁いでもご近所さん。
あとは、残りの二人が、江戸川区か、浦安。
ギリギリで江東区あたりで新生活をはじめてくれれば願ったりかなったりなのですが・・・。
 
なおちゃんが、遠くへいかなくてよかったです☆

投稿者 blogadmin : 00:55

2008年09月13日

縁の下の力持ち

意味:人に知られないで、陰で苦労すること。陰で怒力すること。または、その人。
 
 
仕事で、目立ちはしないけれどイロイロなフォローをしてくれる人がいる。
それは、いわば縁の下の力持ち。
気が付いている人は、気が付いているぞ!
 
いつもありがとう♪

投稿者 blogadmin : 00:57

2008年07月23日

プール大嫌い

中学、高校と、「夏の体育」=「プール」が大嫌いだった。
あの、塩素くさい香りがすると、
おなかが痛くなってくる。
緊張して、こわばってくる。
  


大人になってよかった。
無理矢理泳がなければいけない地獄の時間は、
もう無いのだ。 
 
 

全然泳げないし、もちろん25メートルとか泳げないし、
平泳ぎもできない。
クロールの息継ぎもできない。
それに、152センチしかないのに、高校のプールの一番深い所は153センチだった。
おぼれろというのか! 
 
 
 
学校では、いかにして、プールをサボるかということばかり考えて、
しょっちゅう、学生証に「プール休みます」と自分で書いて、ハンコを押したものだ。

先日遊んだ友達とも話していたのだが、
中学校のプールは、まだ優しい感じだった。
不良も多かったし、あんまり問題起こさないでくれれば、それでいいから、
みたいな、

じゃあ、適当に、25メートル泳いだらー?

みたいな授業だった。
それでも、25メートルも泳げない私にとっては、
最悪の時間だった。
だから、できるだけサボっていた。
制服のまま、きれいな泳ぎの友達を、素敵だなーと思ってみていた。
 
 


高校にあがったら、それはもう最悪だった。
「絶対25メートル泳げ!!」
という。
最後には、
「何秒以内に、25メートル。」
「ターンして50メートル。」
「100メートル泳げ!!!!」 
休むとその分放課後に追試。
しかも、もう昔みたいに、優しくおしえてくれる先生はいなくて、
「え?!25メートル泳げないやつなんて、まだいんの?」
みたいなかんじだった。 
というか、25メートル泳げないヤツは、
私だけだったのかもしれない。
 

高校時代を知っている友達は、あの光景を忘れないと思うが、
私は、一番左の壁で半べそで、つかまっているだけだった。
 
いや、正確には、1、2メートルずつ、前に進んでいたのだが。
とにかく、私は一番左側のコースしか行っちゃいけない生徒だった。
なぜならすぐ捕まれるから。壁に。
壁かなーと思っている人も居たと思う。
もうあんたにはかまってらんないから、壁にでもなっていろということだとも思った。

だって、怒られても、怒られても、泳げないものは泳げないのだ。
とうとう先生も、
「ちびは、一番左側でバタアシから練習してなさい。」
と言って、去っていった。
  
 

私は、どす黒い曇りの空を見上げて、
16歳にもなったのに、
「こういう理由でこの事柄をしたくありません。」
と行った所で、ダメなんだ。
これは強制なんだ。
とため息がでた。

こんなに小さい地球で、
こんなに小さい小さい日本で、
すごーく小さい江戸川区で、
そんなかの小さい小さいこの高校のプールで、
死ぬ思いで25メートルの水の入った箱の中で、
バタバタしたり、
しずんだり、
いそいで壁につかまったり、
つかまりそこねて、水をいっぱい飲んだり、
もうあっちゅーまに100メートル泳いだ友達に、
「がんばれ、ちびちゃん、がんばれー。」
となぐさめられたりしながら、 
人生って過酷だと思っていた。 
 
こんな無理をさせて、何が水泳の授業だと思っていた。
いったい何を学べというのか。
努力しても努力しても泳げる日は来なかった。
 
私の通信簿は、
夏の体育だけひどい。
それ以外は、努力でどうにでもなったけど、
プールは努力とは種類が違うのだ。
内申も、プールのせいで、もったいない事になっていた記憶がある。 
 
 
 

 
そもそも、私は保育園のプールがだいすきだった。
 
ママに買ってもらった、赤いヒラヒラの付いた水着は、
友達にも、保育園のせんせいたちにも大評判だった。
わたしの大のお気に入り。
 
「わぁー。ちびちゃんのみずぎ、かわいいね!」
「にあってるね!」
「すてきー!」
 
「エヘヘ!」 
私は、その赤い水着を思い出すと、ムネがキュンとして嬉しくなる。
  

次の日は、プールの時間があると思うと、
前の日から、ビニールくさい「キキララ」のバックに、
「えぇと、ぱんつと、タオルと、ぼうし。あ、あと水着。」
と、自分で用意もしていた。
朝からワクワクして、赤い水着も嬉しいし、
友達と、暑いまんまる太陽の下、すこしぬるいけど
水遊びをするのはだいすきだった。
まぁるいタイルひろいをするのも得意で、
水の中で目をあけるのも、すごく楽しかった。 
 
  

小学校に入って、お気に入りの赤い水着はダメだとわかって少しショックだった。
確かに、ちょっときつくなって、これは着れないかなと感じていたけどショックだった。
夏には、みんなおそろいの黒い水着を用意してもらった。
こうやって、学校というのは、色んな事を人と同じにしなきゃいけないのかとおもうと、
ちょっとしょんぼりした気分になった。 

黒い水着は、お気に入りのひらひらより泳ぎやすいのでまぁ仕方ないと思っていた。
でもさらに、私はプールを習いに通っていた為、
ものすごい速さで25メートル泳げるようになっていた。
もちろん、クロールも、平泳ぎも、背泳ぎも、得意だった。
25メートルどころか、50メートルも泳げた。ターンもできた。
 
黄色い帽子に、
「1年3組ちび」とママの字で書かれて、
その横に、学校なりのテストのテープが貼られるのだが、
赤→緑→青→黒
とテストに合格するとテープのランクが上がるシステムになっていた。
私は、黒3本という、最高のランクで、
「すごい」「すごい」
とクラスのみんなから褒められた。
黒3本という最高ランクは、学年には10人ほどしかいないので、
横浜市の代表で出るかもしれない予選にもでたほどだった。
 
 
そんな感じで、
私は「泳げない子」を気にすることも無く、
浅い所でまあるくなって目を開ける練習からしている友達を、
「どうして目があけられないんだろう。怖いのかなぁー。」
ぐらいにしか思っていなかった。 

ある夏まで。
 
 

そのある夏は、突然やってきた。
 
父親と、ひとつ年下の「しほ」というだいすきな友達と、
3人で海へ行ったときの事だった。

私は黒三本だし、
かっこいい所を見せようと、
この子なら本当の妹でもいいかな、と、思うその友達と、
ビーチボールで遊んだり、
泳ぎを教えたりした。
しほは、「ちびちゃんすごいすごい!」と、
大声でさわいで、
キラキラ太陽の下で、
飛び跳ねたり、
キラキラ笑っていた。

ちょっとあっちに行こうということになって、
得意のクロールでちょっと行った時、よく覚えていないのだが、
足がつかなくなったのだ。
さっきまで、ザラザラした砂の感触が、
足にまとわりついていたのに。
 
バタバタしてみたが、
足がもつれて、
あわてた。
  
まだ、バタバタしても、
なんだかすごい速さで、
海がひっぱるみたいだった。
 
そこに波が、
キラキラ来るのが見えた。
頭から、キラキラのしぶきが、
ものすごい勢いで、
私をぶん殴った。
 
 
  

気が付くと、
水の中から太陽が見えた。
キラキラ水面が、上の方に見えた。
空と私の間に、キラキラした膜が見えた。
太陽はギラギラ私をみてたけど、
遠かった。
 
まだ足はとどかない。 
 
くるしい。
くるしい。
くるしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それから、気が付くと私は、
近くに居たと思われるオニイサンに腕をつかまれていた。
大学生だか、オネイサンも居て、5、6人の大人がいた。
 
オニイサンも、オネイサンも、
「大丈夫?」と
交互に言った。
 
はずかしかった。
 
黒3本なのに、
スイカの形のビーチボールを持たされて、
砂浜の方へひっぱってもらって行った。
 
はずかしかった。 
 
うちの父親は、
びっくりしていたが、
私のプライドが傷ついたのが解ったのか、
オニイサンとオネイサンに、お礼を言っていたが、
私には「大丈夫?」とだけ言った。
 
一つ下の友達は、私の左腕にくっついて、
「もういいー。カキ氷食べたい。」
と言った。
私も、
(もういい。カキ氷食べたい。)
と思った。
 
半べその、しほは、とても優しいので、
ずっと私の左腕にくっついて、
ピンク色のカキ氷を食べていた。
私はずっと恥ずかしかった。
 
その子が本当の妹じゃなくて良かった、
と思った。
 
もし本当の妹だったら、今の私は世界一かっこわるいお姉ちゃんになっちゃうから。
と思った。

そして、その夏から、
私は全く泳げなくなった。
得意だったクロールも泳げなくなった。
そして、プールが大嫌いになった。  
 
そうやって
「だいすき」が「大嫌い」に変わった。

それからは、
「怖くて泳げない」
と言った所で、半ば強制的に、
夏は週に2、3回は泳ぐ事を日々に取り入れなくてはならない事が多かった。
 

「まぁ、泳げないなら、泳げないなりに、楽しみましょう」
なんて言ってくれる人は誰も居なくて、
小学校も高学年になると、
「25メートル・50メートル・ターン・飛び込み・・・」
と、ハードルだけがどんどん高くなっていった。
私は途中で、ズル休みばかりして、
どんどんプールがダイッキライになっていった。
 
 
この事を思い出すと、
なんかがおかしい、
って思う。

あんなにだいすきだった赤い水着の思い出さえも、
なんだか忘れてしまっていた。
泳げた感触は、すっかり忘れてもう取り戻せないと思っている。
 
ただ思い出すのは、
あの私をぶん殴った波。


私はいつか子供ができたり、
泳げない、もしくは何かがきっかけで、何か出来ない事がある人に出会ったら、
大嫌いなその事柄を、
少しでも「普通」になるように一緒に頑張ってあげたいと思っている。

 


投稿者 2051 : 01:10

2008年07月21日

悩みふっとべ

中学校のときに仲良しだった友達と遊びました。
 
旦那さんの愛車のミニクーパを乗り回し、地元船堀へ。
車で登場したのでびっくりしていましたが、
「あたし、18歳から運転してるから安心して!一回しかぶつけたことないし!」
と、安心できない事を言いつつ、イクスピアリへ行きました。
 
とっても仲良しだったので、
普段は身内(親友達)以外と遊ぶと、
いまいちキャラ設定がおかしくなって、
最後には緊張したりして疲れてしまうのですが、
わりとリラックスして遊べました。
 
私はいつもどおり、
「ソニプラでむだづかいする!」
と叫び、ソニプラへ走り出すと、
「ちびちゃん、知ってたー?ソニプラって、プラザ、になったんだよ!」
と、ソニプラではなく、プラザとかかれた看板を指差して教えてくれました。
「ほんとだー!ヘン!プラザ?!」
と、プラザの中でびっくりするちび。
 
そんなこんなで、
おそろいのペンを買ったり、
あたしがオススメしたポテトチップを買ったりして遊びました。 
 
最近は、とてもイヤな事があって、
ヘコンダリ、情緒不安定になっていたちびですが、
中学時代の情緒不安定さに比べたら、
こんなもんたいしたことないと感じました。
 
中学時代や、もちろんそれよか小さい時は、
自分の人生を、おおきくネジマゲタリするのはとても困難で、
とても労力を使うものでしたが、
今となっては、割と自由で、自由だからこそ、ありがたくネジマゲタリしてしまおうと、
だんだん元気になりました。

夜になって、バイバイをした後は、
家で、
ひっくりかえって、テレビを見ていました。(レア)
たしか、るろうに剣心をやっていて、わくわく見ていたのに寝ていました。
 
旦那さんが帰ってきて、
旦那さんの実家へ行きました。
 
そこで、
マミーや、パピーと話していると、
心はとても安定して、
親に守られている事のすばらしさを身をもって思い知りました。
こんな安心感は、ママがまだ生きていた時以来かと思います。

新しいマミーと、もうひとりのパピーができて、
なんとも、とても幸せですので、
やっと、悩んでいたことはちっぽけだと思ってきました。
ありがたいことです。
 
帰ってきて、おなかいっぱいで、
旦那さんとベットにダイブしました。

私の寝相のおもしろさについて話ているうちに、
どうやら寝てしまったらしく、
気が付くと、私が、ほっぽりなげた毛布(夏でも毛布な無いとダメ)が、
おなかだけかかっていました。
 
家族はすごいと思いました。

投稿者 2051 : 03:40

2008年07月15日

しょんぼり

きょうはしょくばで いやなことがあった
こんなひは おなかのしたが ずんぐりおもくて
したばっかりみてしまう
 
じぶんはちっぽけなそんざいだ
じぶんはちっぽけなそんざいだ
 
こうやって みんなもがんばってはたらいているんだろう
こうやって でんしゃのなかのおじさんもはたらいているんだろう
こうやって ばすでゆられるOLさんもはたらいているんだろう 
 
いやなことばかりでないけど
はたらくってたいへんだ
しゃかいにいきるってたいへんだ

投稿者 2051 : 23:49

2008年07月14日

突然の断水


マンションのポンプの不調で、今日は断水でした。
 
おトイレも、お風呂も使えず、とても不便。
水道をひねるだけで、安全なお水が出てくることに、
感謝した一日でした。
朝は、シャワーをあびないと、髪がボサボサなので、
舞浜の湯ーラシアへ非難。

遅番の今日は、
昼間っから温泉で、ゆったりしてかなり贅沢な一日の始まりでした。

だんだん暑くなってきて、バイクがとっても気持ちいいです☆

投稿者 2051 : 23:38

2008年06月17日

結婚式しました!!

6月1日晴天♪
結婚式でした!!
とても良く晴れて、一日横浜は最高のお天気でした。
 
準備で色々とお世話になった方々、
当日式や二次会にきてくださった方々、
電報やお祝いの言葉をくださった方々!!
 
本当にありがとうございました!!
 
次回から、
結婚式するまでに、
お世話になったビューティ関係のブログアップしていきます♪

アーンド、
新婚旅行のフランスの日記もアップします♪
 
おたのしみに♪

投稿者 2051 : 00:25

2008年05月30日

お誕生日

今日は、ちびのお誕生日。
 
朝、9時30分からお届けものが!! 
 
822530985_85s.jpg
 
ふうせんだよ!!
大好きな親友のナオちゃんから。
あと、DVDもついていて、それがすごいの・・・。

つづきはまた後ほど。

投稿者 2051 : 12:58

2008年05月07日

花嫁に6ペンスコイン

サムシングブルー、花嫁が何か青い物を身に付けると、
末永い幸せが訪れる・・・。
 
という伝説は有名ですが、
6ペンスコインを式の間、靴の中にしのばせておくと、
末永い幸せがやってくる・・・、
という伝説を知りました!! 
 
ずっと、探してやっと見つけた6ペンスコイン!!
王子にプレゼントしていただいて、
すでに幸せいっぱいのちびです!!

SANY0114.jpg

 
サムシングブルーのハンカチ付き!!
嬉しい!!

投稿者 blogadmin : 11:48

2008年04月28日

結婚式の準備で大変!!

このたび、ブログを書かせていただく事になりました、ちびゆきひめです!!
よろしくおねがいします♪ 

「ちびゆきひめ」とか言っていますが、実はもう28歳です。
皮膚科美容外科の助手をしています♪
色々なワザと、現代医療の力を借りて、「23歳ぐらいに見える」様に日々努力しています。(笑)
なので、美容の勉強は大好きです!!
 
都内に旦那さまと暮らしています☆
インテリアも大好きで、お気に入りはシャンデリアと金ベットです☆
  

最近めっきり姿を見せない・・・、といわれていましたが、なんと12月に結婚し、6月1日に挙式をするため、
忙しくて忙しくて♪といっても、楽しくて楽しくて♪なんです☆
 
花嫁さんなので、もっともっとキレイになりたいです!!
6月1日まであと少し!!
がんばるぞー!! 
 
ちびゆきひめ.jpg

投稿者 2051 : 00:00